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【邦画】『名前』ネタバレ感想レビュー--全ての原因を「失った家族」に求めるのは危険な思想ではないか

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監督:戸田彬弘/脚本:守口悠介/原案:道尾秀介
配給:アルゴ・ピクチャーズ/公開:2018年6月30日/上映時間:114分
出演:津田寛治、駒井蓮、勧修寺保都、松本穂香、内田理央、池田良、木嶋のりこ、金澤美穂、波岡一喜、川瀬陽太、田村泰二郎、西山繭子、筒井真理子

 

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59点
中村正男(津田寛治)は、人によっていくつもの名前を使い分けている中年男。恋人には「石井」、飲み仲間には世界を飛び回るエリートサラリーマン「吉川」、職場のペットボトルリサイクル工場では妻が病気で入院中の「久保」という風に。職場で、妻のことが嘘だとバレそうになった時、自分のことを「お父さん」と呼ぶ謎の女子高生・笑子(駒井蓮)が現れ、窮地を救ってくれる。

笑子は、いくつも偽名を使っている正男のことを知っている。そして、家に上がり込んだり、休日には一緒に遊びに出かけるように、グイグイと距離を詰めてくる。原案が道尾秀介ということもありミステリー仕掛けではあるが、観客の多くは「ああ、これは笑子が幽霊という話なのかな」と予想する。正男の住む古い一戸建てがいかにもな雰囲気であるし、きちんと「出るらしい」といわくもついている、という意図的なミスリードもある。これがただのミスリードではなく、別の伏線だったところは、さすが道尾秀介ではあるが(原案からだいぶ変更しているらしいので、彼のアイデアなのか確証は無いが、でもたぶんそう)。

笑子が幽霊のような何かであると感じてしまう理由がもう一つあって、地理がよく解らないのだ。正男の住む家は、周囲が畑に囲まれた一軒家である。普通に考えて、駅から歩いてすぐとは思えないし、電車の本数も少なそうだ。そんな場所に、学校帰りと思われる制服姿の女子高生が、何度も夜に現れる。これに関しては、後半の種明かしでも、曖昧なままにされている。冒頭の船に乗っているシーンも心象イメージとしての役割はともかく、物語上どこに向かっていたのか、よく解らない。この辺りは創り込みの甘さかもしれないが、雰囲気重視ということか。

偽名とバレないように右往左往みたいなコメディタッチになるわけでもなく、前半は正男と笑子による疑似的な父子の触れ合いを中心に描かれる。ひとつ屋根の下に男女がいるのにも関わらず、性の匂いが一切しないのも、家族性に拍車をかける。外では偽名を使って他人に成りすましている正男が、笑子といるときだけは本物の自分であるかのように、解き放たれている。笑子が幽霊などの非現実な存在だったというオチならば、よくある話である。だがこの段階で、まだ上映時間は半分も進んでいない。

後半、葉山笑子のパートが始まる。ここで笑子の正体が明かされると同時に、もう一つの物語が紡ぎ出される。こちらのほうが、リアルに残酷な青春であるぶん、観ていて堪える。笑子には、母からは死んだと聞かされている父親がいるのだが、母から父宛ての手紙を発見してしまう。その住所が正男の家であったため、彼の職場などを調べて現状を知ったうえで、謎の女子高生として現れるのである。ただ正直、ここがステレオタイプというか、笑子は「本当の自分が見えない」と言われ、そのため罵られ、友人は離れていくのだが、その全ての原因を「父の不在」にしてしまっている。

この笑子パートで更にミスリードを発生させているのだが、更なる最終パートで種明かしがある。正男はかつて死産で子供を失っており、もしも生まれていれば今頃は笑子と同じ年齢になっていたという。正男がいくつもの名前を使って他人を演じているのは、子供を失った本当の自分のままだと耐えられないから。一方、笑子の父は本当に死んでおり、同じ家に正男が後から住んでいたというだけ。つまり、正男と笑子はお互いに、死んだ家族の代わりを相手に求めていたことになる。いや、代わりではなく、両方とも「実は本当の家族なんだ」と信じ切っていた。

家族の喪失を全ての元凶にする構図は、家族関係の多様化を認めなければいけない現代日本では、あまりに保守的で古臭い。『万引き家族』のように固定観念に囚われない新たな家族関係の構築ではなく、本作の場合は世間的に真っ当とされている家族を取り戻そうとしている点で、時代に逆行している。失った家族を疑似的に代用することで本当の自分を出すことができるという結論は、ある意味で危険な思想ではないか。そんなに大切か、本当の自分。

それでも、(意図的ではないにせよ)互いに家族の代用品として利用していたと気づき別れることで、モラトリアムが終焉したというラストには先の希望がある。あと、駒井蓮という女優のスター性には目を見張るものがあった。この若さで、津田寛治という怪物(この人の奇怪さは、もっと認識されるべきだと思う)と同等に対峙できるのは、相当なタマである。近いうちに化けそうな気がする。

 

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