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【邦画】『カメラを止めるな!』ネタバレ感想レビュー--映画は、伏線とその回収が繋がることによって、命を帯びてくる

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監督&脚本:上田慎一郎
配給:ENBUゼミナール/公開:2018年6月23日/上映時間:96分
出演:濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山崎俊太郎、秋山ゆずき

 

82点
まず、映画『カメラを止めるな!』をまだ観ていない方へ。今すぐ、ブラウザを閉じてください。そして、今まさに世界のどこかで上映しているのなら、すぐにその映画館がある方向に向かって、わき目もふらずに走り出してください。この映画を100%の状態で楽しむには、あらゆる情報をシャットダウンすべきです。ネタバレ厳禁の映画は数あれど、本作については隠しておかなければならない部分があまりに多いです。映画サイトの簡単なあらすじですら、けっこうなネタバレをしていますので、未見の方は絶対に読まないようにお願いします。そしてこの文章も、次の段落で少し、その次の段落以降でがっつりネタバレします。じゃないと、何も書けないから。

 

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インディーズ畑の上田慎一郎監督による、初の劇場用長編。まず驚くのが、これが完全にエンタテイメントとして創られているところである。観客を笑わせ、楽しませることにのみ集中しており、ほぼほぼ成功を収めている。変な自意識とか、どこにも挟み込んでいない。映画というジャンルの特性である、基本的に鑑賞を始めたら途中で止められないというところを逆手に取って、なんだか出来の悪い映像を半強制的に見せたあと、後半で丹念に種明かしをしていく。計算し尽くされた伏線の回収を見せつけられると、人は本能的に快楽を得られるものだ。人体に影響のないドラッグ(アッパー系)のようでもあり、しばらくは脳内が映画のことで埋め尽くされ、もう一度観てアレとかアレとか確認したいという禁断症状に陥ってしまう。

映画は、低予算ゾンビ映画の撮影の様子から始まる。ゾンビに襲われて部屋の隅に追い詰められた女の子が、やたら横をチラチラ見ながら叫んでいる。「下手な演技」の演技だと気づいた瞬間、カットの声が聞こえ、ヒゲ面でいかにもな風貌の監督が出演者たちに怒鳴り散らす。女の子には「お前の人生が嘘ばっかりだから!」などと人格否定のようなパワハラ発言で泣かせて、ゾンビ役の俳優にもビンタして「これは俺の作品だ!」と怒鳴り散らしてどこかに出て行ってしまう。この緊迫感が掴みとして普通に見事で引き込まれるし、それでいて後半の重大などんでん返しにも繋がっているから、驚くばかりである。

ボクは本当に全ての情報をシャットダウンしていたので、この「ゾンビ映画の撮影中」の映像がワンカットで撮られているのにも気づくまで少し(5分くらい?)かかった。気づいてからは、今年は『アイスと雨音』という74分ワンカットの傑作があったため、どうしても比べながら観てしまっていた。申し訳ないが、『アイスと雨音』と比較すると粗が目立つなあと思っていた。妙にカメラマン(劇中のカメラマン役ではなく、実際にスクリーンに映っている映像を撮影しているカメラマン)の存在が露なところとか。

とは言っても、ある程度のところで「あ、これはワザとやっているな」とは気づいてくるのである(プロの人のレビューなどを読んでみると、前半を本当に欠点だらけと思っていた人がけっこういるのだが、意外と気づかないものなのだろうか)。自慢ではないが不出来な映画をたくさん観ている(つい2週間前にも謎のゾンビ映画を鑑賞済)せいで、劇中の「下手」が、本当に単なる失敗なのか、それとも意図的なのかくらいは、判断できるようになっているのだ。だが、あえて「下手」を連発させる狙いに関しては本当に解らなかった。そういうギャグなのかな、ってくらいに思っていたわけなのだけれど。

37分に及ぶワンカットシーンの最大の笑いどころは「ポン!」だろう(ここを読んでいる人は映画を観ている前提なので、説明はしません)。ワンカットのためカメラの動きが制限されている以上、音声によるカバーが不可欠だが、そのためのアイデアが逸脱。あの「ポン!」は、完全に監督の創作だそうだ。とにかく画面の外から聞こえる「ポン!」が、ひたすら面白い。といったように、この前半の37分間、単純に飽きが来ず、またゾンビが現れる位置がおかしかったりするために展開が予測できず、ジェットコースターのような愉悦感をもたらすのである。

 

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さて、ここからさらに踏み込んでネタバレ全開で行きます。本作は大きく3ブロックに分かれている。先ほどまで述べていた37分ワンカットの「ゾンビ映画の撮影中に本物のゾンビが出てきて襲われる」という第1部。次に、3か月前というテロップが出たあとの、「ゾンビ映画の撮影中に本物のゾンビが出てきて襲われるという内容の生放送ワンカットのTVドラマ」の企画から準備までを追った第2部。そして、そのドラマ撮影時の舞台裏を撮った第3部である。第1部と、裏で数多のトラブルに見舞われながらも綱渡り状態で撮影を成功させる第3部については、誰しもが語りたくなるところだろう。ワンカットと対をなすようにカット数の多い第3部のハラハラ感と、すべてが偶発的でありあらゆる人間の機転であったと明かされる伏線回収は、前述したようにドラッグのような快楽へと繋がっていく。

注目したいのは第2部で、ここが第1部での伏線を更に新たな伏線へと進化させていくパートである。例えば大きなところでは、第1部ではメイク役の役者の役(ややこしいが、そうとしか表現できない)であった人物が、全く別の配役として登場する点。いくつも予測は浮かぶが、何が正解なのかは第3部直前まで解らない。「ポン!」の出どころは示されていても、どうやってあそこに繋がっていくのかは不明だ。他にも、更なる前フリがいくつもいくつも出てきて、第1部の伏線が更に複雑化していく。これ本当に収拾が着くのかと、心配になってきたりする。この伏線の進化って、技術的に相当難しいはずなのだが、見事にやってのけるからこそ、第3部の感動が増すのである

そして第2部の伏線によって、第3部が始まると同時に、第1部冒頭の掴み(役者に怒鳴り散らず横暴な監督)が全く違う意味を持ってくるのである。個人的には、ここが最もアガった瞬間だった。ここで全てをひっくり返したことから、「全員の協力」によってラストを迎えるところまでがある種の成長物語にもなっているため、第3部が完璧にエンタテイメントとして繋がっていくのである。

監督や役者のインタビューなどを見ると、やはり最初の37分ワンカットにはいくつものトラブルがあったそうである。ケガが無いか確認し合っているところは、本当に次の準備が間に合わずアドリブで引き延ばしていたのだという。そこから第3部の台本を書き直して、あのようなことになったそうだ。構成だけを見れば重層的な入れ子構造と単純に言ってしまえるが、計算し尽くされた骨格の中に現場での偶発的な修正が幾重にも入りこむことで、出来上がった作品は有機的な生命体のようでもある。伏線と、その進化、そして回収まで繋がる線は、さしずめ映画にとっての血管だろうか。そんな新たな生命に出会えたことを幸福に感じている

 

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