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【邦画】『傀儡』ネタバレ感想レビュー--「混沌のための混沌」のための素晴らしい繰り返し演出

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監督&脚本:松本千晶
配給:T-artist./公開:2018年6月16日/上映時間:77分
出演:木口健太、二階堂智、石崎なつみ、戸田昌宏、保田あゆみ、石井啓太、渋川清彦、烏丸せつこ

 

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63点
ユーロスペースのレイトショー案件。学生の卒業制作ではあるが、PFFなどの映画祭でも高評価を得ており、正家用展開にも耐えうる程度の力を持っている、なかなか創り込まれた作品であった。充分な制作費があったとは思えないが、この手の映画なら仕方ないはずの貧相さを感じさせない。これって、けっこう珍しいことである。

貧相さから逃れた一番の理由は、ちゃんと芸能事務所に所属しているプロの役者を使っていることだろう。一般的にも名前が知られているのは脇役の烏丸せつこと渋川清彦くらいだが、メインキャスト達も、メジャーな大作映画にも出演している経験値のある人たちであり、演技が安定していた。もうこれだけで、最低限の体裁は取れているのである。

さて、おおまかなあらすじ。雑誌記者の藤間(木口健太)は、12年前の高校生の時に恋人を川への転落事故で亡くしていた。当時は殺人事件の疑いがあったため、当時の記事が編集長の目に留まり、なかば強制的に事件の取材をさせられることになった藤間は、里帰りのふりをして亡くなった恋人の母(烏丸せつこ)と妹(石崎なつみ)が暮らす家を訪ねる。すると、事件当時は犯人かもしれないと疑われていた男・志田(二階堂智)が同居しており、なぜか遺族たちから尋常じゃないほど慕われているのであった。

ミステリー要素も含んだ、非常にもやもやとして薄気味悪い導入だが、ここから先は藤間の妄想も挿入されて、混沌とした話になってくる。正直、丹念にストーリーを追うことに、あまり意味は無い。劇中で、謎はひとつも明確にされず、こちらの想像力に丸投げしてくる。卒業制作映画にありがちなパターンである。

監督のインタビューなどに目を通してみると、この混沌は意図したもので、本作最大の肝として狙っていると解る。さすが混沌を生み出すためのアイデアは目を見張るものがある。例えば、映画の最初と最後、そしてターニングポイントとなる中間部に、全く同じ映像を使用しているところ。川に転落した遺体を警察がビニールシートに包んで運んでいる様子を俯瞰で撮ったシーンで、遺体はそれぞれ別の人とされている。(同じ映像なので当たり前だが)パトカーや警官のわずかな動きまで同一なため、観ていて変な気分になってくる。映像自体の引力もあり、混沌に一役買っている。

また、これは映画を観た人なら全員がポイントに挙げる箇所だが、劇中4回ある朝食のシーンの薄気味悪さは見事である。ほぼ同じ会話をするのだが、シーンごとに卓に着いているメンバーが違っている。どれが現実で、どれが藤間の妄想なのかすら、よく解らない。更には、舞台となる元恋人の自宅は、地方の閉じた集落にあるとは思えないほど、妙にオシャレな意匠(ペンションみたい)で生活感が無く、どうにも虚構的な空間に見えてくる。

ただ、こうして演出の妙を挙げてみると、確かにそれら自体は素晴らしいのであるが、結果としては「混沌のための混沌」になっている気がしないでもない。何やら意味ありげなモノを積み上げているだけで、「理解できないのは、観ているそっちが馬鹿だからだよ」と言われているみたい。いや、そういう映画があってもいいのだけれど、監督が上から目線で嫌味な笑いをしているような錯覚に陥る。こちらの性格が捻じ曲がっていて卑屈だからってのもあるけど。

それでも「混沌のための混沌」を極めるのであれば、謎解き風の回想シーン以外は、完全に藤間の一人称にするのがセオリーではなかったか(藤間の登場しないシーンで、混沌とは別の引っ掛かりが発生している)。あと、藤間の恋人が転落死した時、同時に彼女の父親も転落しているのだが、劇中であまり触れられていない。回想シーンで、いきなり重要な存在として登場するのだが、どうしても急展開に思えて戸惑ってしまう。難しいとは思うが、混沌にブレを生じさせないためにも、脚本に一捻り必要だった気がする。

 

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