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【邦画】『勝手にふるえてろ』--満員の映画館で観ることで観客全員の気持ちが一体化してしまう傑作

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監督&脚本:大九明子/原作:綿矢りさ
配給:ファンム・フィルム/公開:2017年12月23日/上映時間:117分
出演:松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海、古舘寛治、片桐はいり

 

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72点
まず大前提として、非常に有能なエンタテイメント作品である。その証拠に、満員のシネマカリテで観たのであるが、同じ個所で観客全員がクスクスと笑うのだ。今どき、ギャグ映画だってここまで観客の笑いをコントロールできやしない。本作は純文学寄りということもあり、声を立てて笑ってはいけないという思いからか観客は笑いをかみ殺そうと体を揺するため、ちょいちょい座席が振動していた。もはや4DXだ。

クスクス笑いが起こる箇所の多くは、本作の主人公であるOL・ヨシカ(松岡茉優)と、会社の行き帰りに出会う人々との会話シーンにある。金髪ショートカットの喫茶店店員(演じているのは水谷豊の娘だそうだ)から始まり、最寄り駅の駅員、バスで横に座るおばちゃん、変な髪形のコンビニ店員などと、軽快なトークを交わす。誰もがヨシカのオタク的な冗舌に対して絶妙な返しをして受け入れている。中でも、昼でも夜でも近所の川で釣りをしているおじさん(古舘寛治という配役からして卑怯)との会話となると、もうそこだけずっと続いてくれればいいのにというくらい客席はクスクスで満たされ、椅子は揺れ続ける。

簡単にあらすじを説明すると、ヨシカには高校時代から脳内で思いを寄せ続けている同級生がいて、イチと名付けている。脳内では立派に片思い(恋愛妄想しているわけですらない)しているが、実際には現在何をしているのかすら知らない。一方、二と名付けた会社の同期からはいきなり告白され、距離感ゼロで節操なくつきまとわれている。

綿矢りさの原作では、文章中にカタカナで「イチ」「ニ」と出すことで、ヨシカの名前に対する軽々しさを印象付けている。映画も基本は同じであり、あとで名前の件で大きなしっぺ返しを食らい、さらには最後の最後に「ある人物の本名を口に出す」ことでひとつ殻を破ったという表現にしているのも原作通りである。

さらには映画オリジナルの設定としてヨシカには絶妙のあだ名をつける特技があったり、自分の名前に囚われた隣人(片桐はいり)を出したりと、名前についての要素が多い作品となっている。

ただ、カタカナ表記というのは小説にしか使えない技なので、映画では別の方法でヨシカの痛々しさを表現している。前述した、会社の行き帰りに出会う人々との会話そのものである。これ、原作には一切ない映画オリジナルの設定だ。観客を何度もクスクス笑わせ、気持ちよくさせてからの、強烈などんでん返し(いや、薄々気づいていたけど)を中盤に持ってきている。これは、映画というジャンル独特の虚構性を活かした、見事な方法である。

いやー、久々に「これこそが映画だ!」って思ったよ。このシーンの直前までは、クスクス効果もあってヨシカに感情移入していたから、ここで観客は全員押し黙ってしまう。享楽から悄然へと振れ幅は大きいが、またもや感覚の共有だ。観客全員が一体化してひとつの塊になったかのようだ。

このあと、エンディングに向けてヨシカがもう一波乱起こすのだが、先ほどの裏切りによってヨシカへ肯定的な視線を向けることはできない。ただ感情移入はすでにしてしまっているがゆえ、ヨシカの痛々しさは共有しなくてはいけないという軽い地獄に陥ってしまう。そこで助けを求めるのが、過去のヨシカ目線では辟易の対象だった人物である。なんてツラくて暖かい展開なんだ。

ともかく、たまたま映画館に集まった名も知れぬ人たちが同じ感覚を共有し合い一体になっていくという奇妙で貴重な体験は、DVDやWEB配信ではなく、映画館という体系だからこそ味わえるものである。満員の映画館で観るべきであり、それはこの映画『勝手にふるえてろ』が価値のある作品であることを示している。

 

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