ヤガンEX

映画とか漫画とか似顔絵とか

【邦画】『エキストランド』--これからも「観客のいない映画」の観客になっていく所存

f:id:yagan:20171119210033p:plain
監督:坂下雄一郎/脚本:坂下雄一郎、田中雄之
配給:コトプロダクション/公開:2017年11月11日/上映時間:91分
出演:吉沢悠、戸次重幸、前野朋哉、金田哲、仁科貴、棚橋ナッツ

 

スポンサードリンク
 

 


74点
これが傑作かどうかはわからない。だがこれは映画を愛する全ての人、特に映画の作り手の側ではない立場の人(つまり観客)は、絶対に観るべき作品である。映画の作り手からすると「映画制作あるある」として楽しめるそうだが、それで終わってしまうのでは、あまりにもったいない。もっと映画界の外側にこの実情を広めるべきだ。

芸能事務所社長が書いたメチャクチャな脚本をしがらみのせいで映画にしないといけないのだが、予算もなくヒットどころか公開も危うい映画制作なんて誰も引き受けたがらない。そこに、4年前に大チョンボをして今は制作会社の雑用をしているプロデューサー・駒田(吉沢悠)は、ただ事務所社長へのアピールと映画界に復帰したという実績作りのためだけに、プロデュースを引き受ける。

脚本は一字一句変更してはならないということで、山も海も砂漠も都会もあるロケ地を探さなくてはいけない。あちこちの役所に断られた挙句、駒田の友人である土田(金田哲)から、地元のえのき市を紹介される。えのき市役所は最近フィルムコミッション(FC)を作り、土田の友人であり市役所職員の内川(前野朋哉)が担当者となっている。

駒田は、えのき市を舞台にした映画を制作することで、いかに経済効果が生まれるか熱弁し、内川も土田も含めた住民みんなが乗り気になっていく。なるほど、よくミニシアターで1週間限定レイトショーとかでかかる「地方を舞台にした脚本メチャクチャの邦画」って、こうやってできているのか。地方の人にとって、映画というのはシネコンでガンガンかかるものしか存在しない、という認識であると後に判明する。

撮影が始まると、駒田は悪徳プロデューサーの側面を徐々に出していく。まず、宿の手配もロケ地交渉もエキストラ集めも、すべてFCの仕事であると、内川に押し付ける。何かというと「FCの仕事ですよ」「内川さんのせいですよ」という駒田の憎たらしい顔には本気でムカついてくる。しかし映画について何も知識のない内川は、そういうものなのかと唯々諾々と従う。土田のほうはカチンコまで鳴らしてスタッフのひとりとして熱く働いている。いや、ボランティアなので金は出ないけれど。やりがい搾取ってやつか。

それにしても罪悪感ゼロで地方都市を食い物にする駒田のヘラヘラ顔は、本当にムカついてくる。若い男性俳優の顔を覚えるのが苦手で、吉沢悠という人もいまいち認識できていなかったのだが、本作でハッキリ顔を覚えた。町で偶然出会ったらぶん殴ってしまうかもしれない。吉沢さん、ごめんなさい。先に謝っておきます。

住民のご厚意であるはずのロケ場所やボランティアは邪険に扱われる。庭は汚され、ロケ弁は箸が無く手で食べさせられ、暗く狭い場所に何時間も詰め込まれる。それでも「映画って、そういうもんなのか」と、特に疑いもせず、にこやかに対応している。土田は「だってこれ、映画だぜ」の一言で全てを収めようとするし。そういう状況に対して、どんどんと駒田は図に乗っていく。

公式のあらすじも触れているのでオチをやんわり書いてしまうが、当然のごとく最後は住民たちが騙されていたことに気づいて、反撃ののろしを上げる。ただこれが、あんまりカタルシスを得られないのだ。一応、絵面としては駒田が壮大なしっぺ返しをくらったことになっているが、現実的にはあれだけでは映画制作を中止することもできないし、駒田の弁があれば住民を一方的な悪者に仕立て上げることもできるだろう。

半端なカタルシスのせいで、けっこう後味が悪いのだ。駒田だって騒動後も映画業界の端っこにしがみついているし反省もろくにしていないと示されているし。この後味の悪さを含めて、この映画の狙いであり、映画界の現実なんだろうな。何度もやらかしているのに、いつの間にか映画業界に戻っているプロデューサー、具体的な名前が何人か浮かぶ。

さて、ここまで意図的に触れていない存在がいる。このメチャクチャな映画の監督である。監督の石井(戸次重幸)は、このどうしようもない惨状を全て把握して憂いているうえに、状況を変えることのできる立場にもいるのだ。そして実際、そのチャンスすら与えられている。でも結局、何もできなかった。あのシーンでは、観ている全員が「ボーっとしてないで、カメラ回せよ!」と心の中でツッコんだことだろう。

でもこれは逆説的に捉えれば、監督さえ動けば映画は変わる、つまり映画は監督のものということだろう。監督の石井は言う。「映画は観客がいるかどうかで決まる。この映画に、観客はいない」と。今も大量に生産されている「観客のいない映画」を少しでも淘汰するのは、監督次第であるのか。少なくとも、この『エキストランド』の坂下雄一郎監督は、そう信じているし、ボクも観客の立場から信じたい。

とりあえずボク個人ができることとして、なるべく「観客のいない映画」にも足を運んで観客になっていく所存だ。それだけで「観客のいない映画」は減っていくのだから。根本的な解決にはなっていないが、何かの助けにはなると信じて。

 

スポンサードリンク