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【洋画】『残像』--ポーランドのことをほとんど知らなくても大体わかるようになっている

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監督&脚本:アンジェイ・ワイダ
配給:アルバトロス・フィルム/公開:2017年6月10日/上映時間:99分
出演:ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフワチュ、クシシュトフ・ピチェンスキ

 

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71点
ボクはアンジェイ・ワイダ監督の良き観客ではない。過去の作品では『カティンの森』をDVDで一度観ただけだ。渋谷TSUTAYAではVHSしか取り扱っていない「抵抗三部作」を今後観るチャンスも少ないと思われる。イメージとしては、ポーランドの戦後の闇に真正面から立ち向かった人、という感じ。最近では『ヒトラーの忘れ物』『アイヒマンを追え!』など、いわゆる戦後処理モノは嫌いじゃないはずなのに、なぜかずっと避けていた。

そもそもポーランドの歴史に疎い。お笑いコンビTKOのコントで「ポーランドに何がある?」というものがあるが、これが一般的な日本人の感覚かもしれない(このネタを最初に見たときはアウシュビッツがあるだろ、とは思ったけど)。ボクが年齢的に「連帯」をリアルタイムで知らないのもあるのだろう。そうはいってもさすがに本作『残像』を知識ゼロで観るのは辛かろうと、事前に付け焼刃でポーランドの戦後史を頭に叩き込んだわけだが。

で、実際に鑑賞してけっこう驚いたのだが、ポーランドのことをほとんど知らなくても大体わかるようになっている。主人公の画家・ストゥシェミンスキが自宅アパートで絵を描いていると、急に部屋が真っ赤に染まる。アパートの外に、スターリンの顔がデザインされた巨大な垂れ幕が掲げられ、背景の赤色が部屋の窓ガラスを覆ったためだ。左足を失っている画家は、怒りに任せて松葉杖で垂れ幕を引き破り、太陽の光を得ようとする。

そのあと不敬罪で警察にしょっ引かれるのだが、ともかくこのシーンは、あくまで映画的な方法論によって時代背景と画家の立ち位置を簡潔に説明していて、素晴らしい。スターリンとか共産主義といった基本情報すら知らなくても、意味は解るんじゃないか。これは、「政府の方針に反抗し続ける芸術家」という、過去の歴史で何度もあった普遍的な話だ。

それにしてもストゥシェミンスキに対する共産党上層部の嫌がらせが直球で酷い。大学講師の職は奪い、美術家協会から追放して食料配給も受けられなくし、学生たちとの企画展は開催前に作品を壊される。生きるために信念を曲げて共産主義のためのポスター描きを行うに至るが、それすら匿名の講義で奪われる。こういうのって嫌がらせをする側は、社会論理を言い訳にしたサディスト的快楽が原動力だったりするけれど、本作ではそうでもなく、淡々とひとりの画家であり女の子の父親を追い詰める。具体的な悪の存在が明示されないのが、何より怖い。

今の日本ってやっぱり国民に対して思想の統一を図ろうとしている空気はあるわけで、他人事ではない。ただ、右の人も左の人も、芸術を迫害しようとも、あるいは利用もしようとしない。映画の中で共産主義の人たちは「芸術の力によって自分たちの思惑が邪魔されるかもしれない」と危機感を抱いているわけだし、ヒトラーだって芸術を国民扇動の道具として大いに活用したのに対して、今の日本では芸術なんて相手にされていない。芸術なんて無力だと思われているのだろうか。むしろ芸術として認められていなさそうな漫画とかアニメに批判の矛先が向きがちなのは、そっちのほうがよっぽど国民の思想コントロールに邪魔だからなんだろうか。

ともあれ、抵抗を貫いたストゥシェミンスキは、最後には報われたのか。あのショーウィンドウのシーンは、気づかずに通り過ぎる人々を含めて、図らずも彼の創作した芸術作品だったかのようだ。

 

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