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【邦画/アニメ】『この世界の片隅に』--揺るぎない日常を味方につけろ

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監督・脚本:片渕須直/原作:こうの史代>
配給:東京テアトル/公開:2016年11月12日/上映時間:126分
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔

 

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78点
あまり周知されていないかもしれないが、『この世界の片隅に』は、映画館内で割と笑いの起こる作品である。明るいがちょっと抜けている主人公のすずが、日々の生活の中で微笑ましい失敗をしたりすると、客席からは暖かい笑いが起こる。たいしたドラマもなく女の子の生活をただ描いただけの、いわゆる日常系アニメみたいである。『らき☆すた』とジャンルは一緒だ。違うのは、キャラクターがちゃんと歳を重ねることと、舞台が第二次対戦前後の広島県であるということくらいだ。

第二次対戦の起こった昭和20年前後なんて、ボクが生まれるよりはるか前なので、本作で描かれている世界観がどれほど実際の当時に即しているかは判断できない。ただ、本作が描く「第二次対戦前後の広島」のリアリティには、尋常ではない説得力を感じる。笑いどころの一つに「すずが嫁に行く先の苗字を覚えていなかった」というのがあるが、すずの天然ぶりを示すと同時に、結婚がそういうものであったということもさらっと入れている。こういった類の説得力が、随所に挿入されている。

本作で展開されるのは、あくまで淡々とした日常なのだ。その淡々とした中で、死が非常に身近なものとして示されている。すずの兄は戦地で亡くなったと知らされ、遺骨の代わりに石ころが家に届けられる。すずの妹は小さな石ころを見て「兄ちゃんの脳みそかと思った」と言う。主人公の兄の死なんて大事件として扱ってもいいだろうに、日常におけるほのぼのエピソードのひとつとして簡単に済まされる。日本において「ほとんどの人は天寿を全うする」という価値観は、ごくごく最近に発生したということだけだ。その価値観が正しいかどうかもわからないし。

そして『この世界の片隅に』では、戦争ですら日常の一部として組み込まれている。すずの嫁ぎ先は呉市であり、夫も義父も海軍に携わった仕事に就き、収入を得ている。すずは日常の中で配給に並び、防空壕を掘り、空襲のたびに飛び起きる。防空壕を掘るのも夕飯の支度をするのも、すずにとっては同じ日常の一部なのだ。こちらの感覚からすると異様なほど、戦争が身近な存在すぎるのだが、それこそ当時のリアリティなのだろう。

本作における戦時中の出来事の中で、すずにとっての非日常的なドラマとして演出された衝撃の展開は一箇所だけだ。そこから派生して、日常系アニメの枠を超えてすずが感情を爆発させるシーンがある。その乗り越え方として「淡々と過ごしてきた日常に救いを求める」という方策が取られるのが珍しい。いや、珍しいのはこれが映画というフィクション(本来なら非日常こそが主役であるはずのもの)だからであって、現実では理性を取り戻すのに有効な手段である。

本作で一番驚いたところ。すずが小学生だった戦前から戦中、戦後と時代を経るのだが、ずっと同じトーンで日常が繋がっているのだ。もちろん原爆は落ちるし玉音放送をみんなで聞いているシーンもあるのだが、その前後で何かが劇的に変わるわけではない。時代の変化は、ずっとゆるやかに行われている。戦争といえども、時の流れを断絶するほどの影響力は無かったということか。思い返してみれば、地下鉄でサリンが撒かれても、WTCに飛行機が突っ込んでも、地震と津波で3万人が亡くなっても、その前後で日常が劇的に変化したわけではなかった。もちろん当事者であれば別だが、歴史的な出来事といえどそう簡単に時は分断されないことは実体験からもわかる。

すずの生きた第二次対戦前後の日常と、我々が今生きている日常は、時によって繋がっている。そんな揺るぎない日常は、いつも味方になってくれる。

 

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原作

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

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