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【邦画/ドキュ】『FAKE』--映画館は暖かい笑いに包まれ、観客は佐村河内守を好きになっていく・・・という罠

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監督:森達也/撮影:森達也,山崎裕/編集:鈴尾啓太
配給:東風/公開:2016年6月4日/上映時間:109分

出演:佐村河内守ほか

 

83点
森達也監督の15年ぶり(共作を除く)の新作映画『FAKE』は、2014年のいわゆるゴーストライター事件でメディアから徹底的に叩かれた「現代のベートーヴェン」こと佐村河内守に密着したドキュメンタリー。ほとんど家から出ない佐村河内守の自宅マンションに通い続け、彼と奥さんと猫にカメラを向け続けている。コピーにもなっている「衝撃のラスト12分間」を除けば、基本的にはそれだけである。意外と訪問者は多いけど。

 

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人間の本能として、同じ空間に一緒にいる相手には、自然と好意を抱くようになるという(もちろん例外は多くあるが)。そのほうが、生きるために都合がいいからというのが理由だそうだ。森達也のカメラを通じて疑似的に何日も佐村河内守の自宅にいることになる観客は、やはり自然と佐村河内守に愛着を抱いてくる。妻の手作りのハンバーグを前にして豆乳をひたすら飲み、「豆乳、好き」と一言もらす佐村河内守。なんてかわいいんだ。そんな一言で映画館は暖かい笑いに包まれ、観客は佐村河内守を好きになっていく。

佐村河内守は、この映画の中で何度も新垣隆に対する怒りを訴える。「耳が聞こえているなんて嘘をなぜ言うのか」といった直接的な言葉でも怒りを表明するが、それよりも新垣隆が出演するバラエティ番組を黙って見ているシーンから「無言の怒り」を感じる。佐村河内守の目元がアップになり、大晦日に放送された『絶対に笑ってはいけない大脱獄24時』の新垣隆が出演している映像がサングラスに映っているシーンなんて、面白すぎる。

ただ、このシーンはちょっと不思議である。『笑ってはいけない』に新垣隆が出演するのはシークレットだったはずだ。たまたま大晦日に『笑ってはいけない』を見ていた佐村河内守を、たまたま大晦日に来ていた森達也が撮影していて、たまたまTV画面の映ったサングラスをアップにしたのか。何かしらのルートから新垣隆の出演を知ったのかもしれないが、ひとつの可能性として考えられるのは、録画した映像を森達也が持ってきて見せたのではないだろうか。だとしたら、面白映像を意図的に撮ろうと策略する森達也の悪意がそこにはある。いや、まったくの憶測だけどね。

あと、佐村河内守と妻が、森達也を完全に信頼しているのはちょっと怖かった。撮影開始してからかなり早い段階で「達也さん」って下の名前で呼んでるし(森達也も「守さん」と呼んでいるが、部屋には彼と奥さんという同じ苗字の2人がいるので仕方ない)。まあでも、あそこまで日本中から悪人扱いされている中で、ちょっとでも話を聞いてくれる人が出てきたら傾倒しちゃうだろうなあ。まあ、この完全な信頼が「衝撃のラスト12分間」に繋がるわけだが。そう考えると今回の森達也はマジであくどいことやってるような気もする。

ともあれ、いくら森達也が被写体に寄り添うタイプのドキュメンタリー監督とはいえ、妙に佐村河内守の主張に忠実なように、途中までは思える。「佐村河内は善、新垣は悪」という図式は、かつてのゴーストライター騒動時と真逆ではあるが、ただ反対にしただけでやってることは同じだ。マイケル・ムーアならともかく、もちろん森達也がそんな二元論に落とし込むわけはなく、「衝撃のラスト12分間」で一気にちゃぶ台をひっくり返してくる。

「衝撃のラスト12分間」を観客はどう見るか、大きく2つのタイプに分かれるだろう。1つは、これまでの愛くるしい佐村河内守の主張を全面的に受け入れ、「やっぱり被害者だったんだ」と暖かく見守るタイプ。もう1つは、「俺は騙されないぞ」とばかり佐村河内守の本性を暴けるようなヒントがどこかに隠れていないか、画面の隅々まで目を凝らすタイプ。ボクは後者で、まるでフジテレビの『放送禁止』シリーズを観ているがのごとく、部屋に積まれたカセットテープやら出演者の発言やらに何かないかと必死に探していた。何も見つけられなかったけど。

しかし「佐村河内は善、新垣隆は悪」という佐村河内守の主張通りだろうが、もう一度ひっくり返して逆にしようが、結局は二元論なわけだ。森達也はエンドロールの後に、そんな二元論なんてものはそもそも存在していないと、すべてをぐちゃぐちゃにしてそのまま映画を終わらせる。そのあとに残されたのは善も悪もないただの混沌であり、呆然として映画館の外に出ると目の前に広がっている世界そのものであった。

 

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森達也は、書籍で面白いものも多い 

死刑 (角川文庫)

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下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)

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