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【邦画】『アイアムアヒーロー』--この話、すべてが鈴木英雄の妄想のようにも思えるのだ

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監督:佐藤信介/脚本:野木亜紀子/原作:花沢健吾/特殊造形統括:藤原カクセイ

配給:東宝/公開:2016年4月23日/上映時間:127分
出演:大泉洋、有村架純、長澤まさみ、吉沢悠、片瀬那奈

 

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74点
大変評判が良い。日本のゾンビ映画史上1位との声さえ上がっている。それまでの1位が何だったのか見当がつかないけれど(さんざん考えた末に『桐島、部活やめるってよ』という結論に至ったが)、まあ現在1位なのは納得である。一応本編ではゾンビじゃなくてZQNって呼ばれているけど。

『ちはやふる』(今、漫画を読んでる最中。めっちゃ面白い)もそうだけど、本作のように原作が長く連載している漫画の場合、どこを抜き出して、どこを省略して、どこを改変していくかが非常に大きなポイントである。漫画原作で面白い映画作品に共通しているのが、この取捨選択がうまくいっている場合。逆に失敗するのは、いかに原作漫画通りに再現するかしか頭にないとき。金も手間もかけて創られた「原作漫画と同じシーン」は多少は驚くものの、ただそれを順番に並べているだけなので筋もなにもあったもんじゃない映画ってたくさんある。具体的な例は出さないでおくが、キャスティングのほとんどが「漫画のキャラに極めて似たビジュアル」の役者で揃えている作品は要注意だ。ヌルフフフ。

「原作のキャラにそっくりな人」というのは、要所要所で単発的に登場するくらいが、原作ファンサービス的にもちょうどいいんだがなあ。『アイアムアヒーロー』だったら中田コロリ、『ちはやふる』だったらヒョロ男とか。

さて、映画『アイアムアヒーロー』では、原作漫画から何を抜き出したのか。原作が現在も継続中でしかもあんなことになっている以上、勝手に映画オリジナルの終わり方を提示するのは難しいだろう。そこで本作では、主人公である「鈴木英雄の物語」に限定して起承転結を創っている。

実際この話、すべてが鈴木英雄の妄想のようにも思えるのだ。エンドロールのあとに「夜の公園でハッと現実に戻る英雄」というシーンがあるんじゃないかと本気で思った。まず鈴木英雄は、普段から妄想をしがちな人であることが、冒頭のシーンで示される。都合のいい「英雄(ヒーロー)になった自分」を妄想しては悲惨な現実から目を背けているかのようだ。

非日常の始まりとして、妄想に囚われていることを指摘した恋人を、なかば偶発的に撃退する(同時に、恋人を殺したという罪を背負う)。このとき、法律遵守のために必ず携帯していた銃所持許可証を落としたのに気づかないのも、何やら暗示的だ。そのあと、ジェットコースターのように凄まじいスピードで日常の風景が非日常に切り替わっていったのち、女子高生の早狩比呂美と出会う。この子を守ることで「ヒーロー」になれるということだろう。

後半のヤマ場であるショッピングモールのシーンは、ゾンビ映画のフォーマットを拝借しているわけだが、早狩比呂美をゾンビからも人間からも守れるかという試練の場である。そして、今まで何度もチャンスはあったのに使用できなかった猟銃をついにぶっ放したとき、その瞬間は訪れる。大量のゾンビの頭を次々と打ち抜いていくことで、ゾンビ映画としての爽快感と、英雄の物語としての爽快感がシンクロし、最高のカタルシスに到達する。この話が現実か英雄の妄想なのかは、もうどっちでもいい。明らかなのは、英雄がヒーローになったその事実である。

 

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