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【邦画】『無伴奏』--成海璃子は、煙草がよく似合う

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監督:矢崎仁司/脚本:武田知愛、朝西真砂/原作:小池真理子
配給:アークエンタテインメント/公開:2016年3月26日/上映時間:132分
出演: 成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜、光石研

 

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76点

「制服廃止斗争」と、カクカクの字で黒板に書かれている。その前に立ち、おもむろに制服を脱ぎ出す成海璃子。まずはブレザーとシャツを脱いでショーツ姿になり、続いてスカートを脱ごうと前かがみになったとき、たわわな胸の谷間が露になる。という瞬間に、映画館の場内に遅れて入ってきた客の頭がちょうど胸元を隠してしまった。あの客は、全治2週間のケガとかすればいいと思う。

そんな成海璃子だが、本作ではラブシーンにも果敢に挑戦している。仲間たちとの溜まり場となっている茶室にて、池松壮亮を相手に、大胆に行為に及ぶ。女優魂なのか映画秘宝魂なのか大胆に露出しているものの、乳首は頑なに死守している。パンツを脱がされている最中でさえずっと胸を手で隠すなんて、リアリティに欠けるんじゃないのか。事務所か。研音が許さないのか。まったくもう。

うん、ここまでの文章を読み返してみると、すっげえ気持ち悪いですね。嫌な気分になった方、ごめんなさい。そっとブラウザを閉じて下さい。

本作の舞台は1970年前後、全共闘運動真っ盛りの時期である。成海璃子は未成年の役(本人は二十歳を超えています。念のため)ではあるが、よく煙草を吸う。「無伴奏」という名前のバロック喫茶でも、溜まり場である茶室でも、自分の部屋でも、吸う。自分の部屋の時は、灰皿替わりの空き缶を本棚に隠している。

「制服廃止斗争」と同じように、法律上は許されていない煙草を吸うのは反体制への憧れだろう。反体制かぶれ(という表現でいいのだろうか?)は、主人公の人物背景として設定されているものであり、主題は「無伴奏」で出会った人たちとの性愛を通した人間関係なのだが。それにしても、今だったら煙草を吸うことに、当時(1970年頃)と同じような意味合いを読み取るのは難しいのではないか。ほんとここ数年で、煙草に対するイメージが全く変わってしまった。健康への影響を正しく伝えていくのも大事なことではあるが、あまりにネガティブに訴えすぎてしまった。煙草という小道具としての価値が凋落していったことは、単純に文化という側面で捉えれば、明らかにマイナスであろう。余計なことをしてくれたものである。

ついでに言うと、女子高生の制服も「体制の象徴」とするには、今では難しい。女子校生たちは休日に街へ行くにも制服を着ているし、どちらかというとフェティシズムのひとつとして扱われるほうが多い。あと、物語上の重要な曲として何度か流れる『カノン』も、今では「悲しいとき~」のイメージが先行してしまう。いや、これはボクだけか。

それにしても、成海璃子は煙草がよく似合う。今、煙草を吸う姿が絵になる女優って、ほかにいるだろうか。若手に限れば、唯一かもしれない。今や「健康を害するもの」というイメージが強すぎる煙草だが、成海璃子のおかげで復権できるかもしれない。それくらいやってしまいそうな魅力が、成海璃子にはある。

そういえば週刊誌に煙草を吸う姿が隠し撮りされていたこともあったけど、アレも映画のスチール写真かと錯覚するくらいカッコいいショットだったもん。成海璃子、日本映画にとって貴重な逸材だから、もっと大事にしていこうよ。


そういえば今回、映画の中身の話、ほとんどしてないですね。面白かったです、はい。

 

 

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