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【漫画】石黒正数『それでも町は廻っている』--「捏造された郷愁」へのアンチテーゼ

漫画

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石黒正数それでも町は廻っている』(少年画報社) 9巻 14p

 

石黒正数それでも町は廻っている』(『それ町』)は、現在13巻まで出ている。家族や学校の友達、そして「丸子商店街」の仲間たちと楽しく日常を過ごす女子高生・嵐山歩鳥が主人公。もう、この時点でファンタジーだろう。日本中にシャッター商店街があふれる昨今、こんな商店街はファンタジーでしかない。あと、お巡りさんね。この手の、地域に溶け込み、住民から愛されるお巡りさん(警察とか巡査とかじゃなくて、あくまで「お巡りさん」という呼び方も込み)って、『金八先生』などフィクションではよく見かけるが、現実世界で出会ったことない。

つまり、『それ町』は基本的には、映画『ALWAYS 3丁目の夕日』的な「捏造された郷愁」で構成されている。元気ハツラツな女子校生も、商店街も、お巡りさんも、「実体験ないのに、なぜか懐かしく感じる」ものばかりだ。

それ町』がそんな世に溢れる「捏造された郷愁」の話でしかなかったのなら、別にスルーしていた。だが、『それ町』は、それだけではない。むしろ、「捏造された郷愁」を利用して新しいことをしようとしているふしがある。そのひとつが、あからさまな非日常なものをさらっと入れてくる点だ。この作品では、幽霊も宇宙人もモンスターも雪女も、日常の一部として普通に登場している。それこそ、お巡りさんと同じくらいの距離感で。宇宙人とお巡りさん、たしかに非日常の度合いは同じくらいか。

さらに『それ町』は、壮大な実験を行っている。読みながら、話によって主人公の髪型が違ったりとか、なんとなく引っかかってはいたのだが、途中で気づいた。作者が11巻のあとがきで《「それ町」は歩鳥の高校3年間の、どこかを描いています》と述べているように、各話の時系列がバラバラなのだ。もちろん時系列を変えることでできるミステリ小説的な仕掛けもあり、何気ない描写が別のエピソードの伏線になっていたりするのも魅力の一つである(こと連載漫画において、意外な伏線というのは過剰に読者に喜ばれることが多い)。だが、それ以上に、時系列をバラバラにすることで「捏造された郷愁」へのアンチテーゼを含んでいるのではなかろうか。

例えば、あるエピソードでは仲の良いキャラクター同士が、それよりあとに発表されたエピソードでは微妙な関係だったりする。これは時系列が逆だからであり、この2つのエピソードのあいだに何かがあったのだろうと想像させるよう仕向けてくる。『それ町』の中ではハッキリと時が流れ、キャラクターたちは少しづつ変化しているのだと、読者に対して否応なく認識させる。「捏造された郷愁」は、各々の脳の奥底にあるぼんやりとした「なんだか懐かしい」という感情を呼び起こすことで、麻薬的な偽りの心地よさを生み出す。そんな「捏造された郷愁」に対する一番の特効薬が、実は「時の流れ」である。「時の流れ」を認識すればこそ「なんだか懐かしい」の「なんだか」の中身が無いことに気づくのだから。『それ町』を読むと、「捏造された郷愁」に最初は囚われそうになるが、時系列がバラバラなために「時の流れ」を認識し、「なんだか懐かしい」という感情が矛盾だらけの偽りだと気づき、ついには「捏造された郷愁」から抜け出せるのだ。

それでも町は廻っている』は、「捏造された郷愁」を一度作り出してから否定するというサイクルで、新たな快楽を生み出している。

 

 

 

それでも町は廻っている 1 (ヤングキングコミックス)

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