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【邦画/アニメ】『海獣の子供』ネタバレ感想レビュー--手間のかかった緻密な作画ばかりが称賛されることへの危惧

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監督:渡辺歩/演出:小西賢一/原作:五十嵐大介/アニメーション制作:STUDIO4℃
配給:東宝映像事業部/上映時間:111分/公開:2019年6月7日
出演:芦田愛菜、石橋陽彩、浦上晟周、森崎ウィン、稲垣吾郎、蒼井優、渡辺徹、田中泯、富司純子

 

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62点
昨今のアニメ映画は、緻密に描きこまれた作画ばかりが賞賛されている気がする。もちろんそれは、アニメを評価するうえで、これ以上ないポイントではある。アニメとはつまるところ、絵の快楽を提供するものだから。ただ最近は、作画の手間だけで作品の評価が決まっていないか。この傾向が続くと、将来的にまずいことになりやしないかと危惧している。

 

最近公開されたアニメ映画では、『劇場版 響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』と『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の2本は、作画の緻密さにおいて異常なほどのクオリティを誇っている。アニメ制作の素人でも、この映像に尋常ではない手間がかけられていることは、観れば解る。作画の手間を賞賛したくなるのは、そこに連日徹夜でパソコンの前に張り付いてフラフラになっているスタッフの姿が透けて見えるからかもしれない。だがそこに美意識を感じ取ってしまっては、ブラック企業礼賛へとつながる危険がある。

こだわりの強いアート気質の監督(新海誠とか片淵素直とか)による数年に一度の大作であれば、別にいいのである。狂人による芸術作品に、社会的倫理を求めるほうが間違っているわけだから。でも、『ユーフォ』も『カバネリ』もTVアニメの劇場版であり、商業コンテンツとしての側面が強い既存ファン向けの作品である。このような、業界の裾野を支えている作品までもが、異常な高クオリティの作画となっているのが現状だ。この傾向が続くと、いずれは高クオリティの作画が当たり前に求められる可能性がある。その先に待っているのは、スタッフの疲弊と離脱からくる人材不足、ひいてはアニメ業界の衰退であると予測してしまう。

現時点では作画のクオリティが純粋に賞賛に結びついているので、上に述べたことは杞憂に終わるかもしれない。『ユーフォ』はTVアニメからずっと積み上げてきたものがラストの演奏シーンに集約されるための緻密な作画であるし、『カバネリ』はもともと、まず緻密な作画が売りの作品である。どちらも作画が緻密であることに意味があるわけで、なんでもかんでも手間をかければいいという安易な考えとは一線を画している。

さて、本作『海獣の子供』であるが、先に挙げた作品すら比べ物にならないほど、緻密な作画のクオリティに圧倒されるタイプの作品だ。感想を求められれば、とりあえず「絵がすげえ」って呟いておけば事足りる。本作の緻密な作画は、ひとえに個性的な原作に準拠しているからであると意味付けできる。手描き感の強い原作の絵を動かすための、意味ある手間である。主線のはっきりしたスニーカー(の絵)が躍動的に動いているだけで、そのレベルの高さに息をのんでしまう。

ただ悲しいことに、緻密な作画は観ているうちに慣れてしまうのだ。3D映画を観ていても途中から3Dであることを忘れてしまうのと同様に。『ユーフォ』も『カバネリ』もここぞというタイミングで緻密な作画を押し出してくるため、そのたびに観客は息を呑むことになるが、『海獣の子供』は最初から最後まで常に全力で緩急なく高クオリティの作画を保っているため、これが当たり前なんだと、途中で感覚が麻痺してしまう。

あとこれは仕方ないことではあるが、映画鑑賞後に改めて原作漫画に目を通すと、手描き感を伴う個性は圧倒的に原作のほうが強い。アニメの動く絵は、原作の絵の個性をある程度薄めることで、なんとか成り立たせている。薄めたところで個性の強さは保たれているのだから、驚くべきことではあるのだが、ちょっと残念な気持ちになってしまうのも確かだ。

さらにはラスト近くでは、宇宙の真理を表現すべく、何やら観念的な表現が延々と続く。この部分が、これまでの黒い主線が目立つ個性的な作画とは、まったく別種の表現なのだ。たとえば『魔法少女まどか☆マギカ』では、劇団イヌカレーによる観念的な表現を挟み込んでいたが、あれはあれで強烈なオリジナリティがあり、ドラッグ的な中毒性があった。だが本作の観念的な表現は、宇宙の真理を表すにはありがちな感じで独創性は少ない。そのため、やたらと長く感じ、次第に退屈に思えてしまう。

そして本作の一番大きな問題は、あまりに緻密な作画によってアニメというジャンル本来の武器である抽象的な世界観が際立たず、結果としてストーリーの邪魔をしてしまうことである。そもそもこの話、単行本5巻に及ぶ原作のエピソードを割愛して縮めたことで、かなり無理筋な内容になっている。10歳までジュゴンに育てられた少年などという突拍子も無いものをいきなり提示されても、すんなりと受け入れるのは難しい。この内容であればアニメの力を使ってファンタジックな世界観にするべきところだが、緻密な作画(特に写真加工と見まがうような背景)によってリアリティが際立ってしまい、逆に説得力を欠いてしまった気がする。

 

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